隷の星

SF作品の二次小説のブログです。

PART2 8

「ウォォォォォーーーーーーッ!」

イプシロンのATの魔のついたような動きに、今またグレゴルーが犠牲になった。キリコはPSの血を求めるかのような攻撃に、心底から打ちのめされながらも、冷え切った心で考えていた。PSには幻想を見るべきではない、あれはもともとは殺人兵器なのだ、そう見ていて結論づけるしかないイプシロンの様子だった。しかしキリコはそのロボットと一体になったような人間に、ウドで自分でもわからずにフィアナと名付けた。彼女もそう名付けられて人間のように喜んでいる様子だった。このイプシロンにはそういうことはないのか、まったく可能性としてないのか。しかしイプシロンと言う以外に何か呼びかけるということすら、この戦闘状態では思いつける話ではなかった。バイマン機もさっきから攻撃を受けていて、破損して後退してから姿が見えない。確認できないところですでに大破しているかも知れない。キリコを取り巻く状況は圧倒的に不利になりつつあった。しかしたった一機でもここを突破してみせる。彼はそれで、思わずイプシロンに向かってフィアナの名を呼んでいた。

「やめろ・・・・やめるんだ、フィアナ・・・・。」

むろん、何の効果も期待できなかった。そしてその通りになった。タワー上部のバルコニーで追い詰められたキリコは最後の抵抗を試みたのだが、相手は不気味なまでの冷酷さと俊足の足で詰め寄ってきた。キリコはATであと一歩、と未練の足をあげたところを、イプシロン機に横殴りに蹴られ、宙に放り出された。大きなけががこれと言ってなかったのは幸いと言うよりほかなかった。

「ウウッ」

キリコはATの口から一度バウンドして地上に落ちて動かなくなった。ペールゼンはその様子をじっと物陰から観察していた。彼には信じられなかった。あの今の戦い方はどういう事なのだ。相手の出方をうかがって、自分から一切の攻撃をしないとは。あの男があんな戦闘をするとは、いったいどうした事だ。今のフィアナという名前も、プロトワンの記憶層に残っていた謎の単語で、どうやらキリコがプロトワンに言った名前だと言う。なぜそんなことをあの男がするのだ。自分の知っているキリコはそんな男ではなかった。

ペールゼンは手に持つ杖が震えてくるのを感じた。彼が一番見たくない無様なキリコに、彼は紛れもなく感動していた。いや、彼はそうした自分の感情の動きを押し殺したかった。またなぜそんなキリコをよくやっていると思ったのか、その理由も彼にはわからなかった。それはあるべき感情ではなかった。ただ昔育てたことのある子供が、やや人間らしいまともな行動をしたというだけの話だ。なぜそれにこの私が感動するのだ。そんな人間的な、あまりにも人間的な猥雑な事柄からは私はすでに解き放たれた者なのだ。なぜそれにいまだにとらわれる。私はそんな卑小な者ではない――ペールゼンはそう思い、イプシロンに大声で命じた。

「出よ、イプシロン。最後のとどめは自らの手で行うのだ!」

イプシロンが戦闘の緊張で蒼白になった顔で、ATから飛び降りてきた。だがATでの戦闘以外のプログラムはまだあまり教育されていないらしく、茫然とした様子でその場に立っている。おそらく殺すことの何たるかをこの少年はまだよく知らない。そうペールゼンは見てとると、気絶しているキリコを起こす事になるのも構わずに大声で叫んだ。

「殺せ、その男を殺せ!」

その時だった。暗闇の果てから白い人影が駆け寄ってきた。

「やめさせてください、閣下!」

プロトワンだった。何かを決意した面持ちで、その場に立ってペールゼンをまっすぐに見詰めた。ペールゼンはその時わかった。この少女の何が彼の意識に夾雑物として認識されたのか・・・この少女は一番最初に会った時のキリコとよく似ていた。そう、そして彼自身も忘れていた記憶があった・・・あの実験施設にいた二人の少年少女・・・・彼の消したい忌まわしい記憶・・・それを思い起こさせた・・・・。

――いや、あの施設にいた子供はみな死んだ。この女もキリコも関係ない。私は糾弾されるべき人間ではない。

ペールゼンはそう思い、プロトワンに向かってつぶやいた。

「・・・私は間違っていたのかもしれん。だが、危険すぎるキリコは・・・・あまりにも・・・・あれを生き延びていたのだとしたら・・・。」

「閣下?」

「そんな男がなぜ私の前に何度も立つ。私を試すためか?断罪するためか?私はこれまで育ててやった。なぜその恩に報おうとしない・・・。」

ペールゼンの前に火炎の炎にさらされている子供の姿があった。彼は紅蓮の炎に燃え上っていた。死んでいるはずの子供だった。亡霊だった。よみがえるはずがない悪夢だった。それがもし――このキリコだとしたら。

それは認めたくない。否定するべき事柄だ。私の終生をかけた研究を、何者かがあざ笑っているのだ。こんなキリコが「超自然的に」「偶然の産物で」不死のはずがない。それはペールゼンにとって、絶対に認められない自然現象だった。したがってペールゼンは、声の限りにその場で叫んだ。

イプシロンッ!早くその者にとどめを刺せっ!」

ようやくイプシロンは動いたようだった。なるほど「殺す」という単語にはまだ動かんかと思ったペールゼンだった。基礎的なPSの学習では、まだインプットされていないのだろう。それもまたPSを普通の人間に簡単に反旗をひるがえす存在にしないための配慮なのだろう。このイプシロンは今はまだ木偶だが、そのうちキリコ以上の教育を受けさせなければならない、とペールゼンは思った。と、その時だった。

プロトワンがイプシロンの前に回り込んだ。イプシロンは一度はプロトワンをこづいてどかせようとした。プロトワンは必死でイプシロンの名を呼び、追いすがった。ペールゼンは嫌な予感がした。

「貴様、イプシロンには近寄るな!」

ペールゼンはポケットから小型銃を取り出した。普通の人間の女に成り下がったPSへの威嚇にはこれで十分だ。プロトワンをかすめて一発発射した。轟音があたりに響いた。しかしプロトワンは一瞥しただけで、まったく取り合う様子はなかった。フィアナは拳銃など怖いと思っていなかった。次の瞬間プロトワンの取った行動は、ペールゼンを総毛立たせるに十分な出来事だった。

イプシロン、今教えてあげるわ、愛するってことがどんなものかを・・・・!」

プロトワンはイプシロンに身を投げかけて、その唇に柔らかなキスをしたのだ。イプシロンの動きは止まり、最初は驚いた様子だったが、すぐにプロトワンの肩におずおずと手を回した。そうしてぼんやりとプロトワンの顔の方を見詰めた。何かが彼の内部で起こったのは間違いなかった。

それは先ほどの楽園の中で昆虫を殺した時のものと同じ、とペールゼンは思うと、イプシロンに今傷がつけられたと思う思いでいっぱいになった。あの完成品にこの女は傷をつけた。よりによってこんな形で・・・・!科学者たちは、よりイプシロンにとって、上位自我としてプロトワンが位置づけられると言うかも知れないが、私は断じてそうは思わない。わなわなとペールゼンはその場で打ち震えた。それもあってはならない出来事だった。こんな柔な事象からは、絶対にイプシロンは守らねばならなかったのだ。もしこんな事があったとしても、もっと別の形で・・・・とペールゼンは絶え入るように思った。「殺す」という単語すらままならない状態のイプシロンに、よりによってこの女は。

キリコはペールゼンの放った銃弾以前から、すでに目を覚ましていた。フィアナがウドの頃と少しも変わりがない暖かな懐かしい声音をしており、またイプシロンをおそらく止めようとしてくれた、と思うと、キリコはフィアナを咎める気持ちが起きなかった。彼はじっと二人の様子を見詰めた。やはり嫉妬が少しも起きないと言うと嘘になる。しかし彼らはPSという同種の人間なのだ。彼はフィアナたちのほうに近づきたかったが、ペールゼンがすぐそばにいるのを考えると、そのまま寝たふりをすることに決めた。この老人が今の場面で何を考えたか、彼にはよくわかっていた。そのようなペールゼンに反目するために、彼はああした生活をレッドショルダー部隊では送っていたのだった。今のペールゼンは暴発寸前の銃と同じ状態だった。

が、唇を離したフィアナとキリコは偶然目が合い、彼はまずいことになったなと思った。フィアナはキリコが見ていたとわかり、飛び上がらんばかりの様子になったのである。彼女はさっと茫然としているイプシロンの手を取って暗闇に向かって走り出した。キリコはそれを見て、やや安堵した。彼のそうした思いをくみとったわけではなかったが、フィアナの機転にキリコは感謝した。イプシロンはこの場にはいない方がよい。

「プロト・ワン!」

ペールゼンはふりしぼった声で一声叫び、よろめきながら、銃の狙いをキリコにつきつけた。

「こうなれば、私の手で始末してやる・・・・・!」

願ってもない展開だった。ペールゼンが茫然自失の呈でこちらに近づいてくる。的の方から近づいてくるとは、好都合極まりない。普段のペールゼンなら取りそうもない行動だ。キリコが倒れたまま、ペールゼンよりも素早く右手を動かそうとしたその時だった。

「死ねぇぇぇぇっ!」

壁の向こうからボロボロのATが現れたのだ。バイマンの機体だ。片腕がもがれたスコープ・ドッグだった。ATはペールゼンに向かって豪火を吐き出した。ペールゼンは一声断末魔の悲鳴をあげると、体中に鉛の塊をめりこませて、床にどうと倒れた。無数の弾丸が、血の涙を流しながら、黒く濁った瞳を闇に向かって見開いていた。

「やったぜ・・・・。」

ATの主が、肩で息をつきながらそう漏らした。彼もまた、全身に血を流していた。バイマンはATの搭乗口からもんどりうって下に落ちた。キリコはあわてて駆け寄ってバイマンの体を抱きかかえた。

バイマン・・・・・。」

「・・・・他の奴らは・・・。」

「死んだ・・・・。」

「そう、か・・・。だがレッドショルダーも・・・これで全滅だぜ・・・・。そして、ペールゼンも、この手で・・・・・。」

バイマンは虚空に口を開けて笑った。そして義手の右手を、つぼめる動作を少ししてみせた。キリコはその様子をじっと息を殺して見詰めた。このバイマンも今ここで死ぬのか。それはもう見てとれる様子だった。思うさまもなくバイマンはキリコの腕の中ですぐに息を引き取った。目を閉じた死に顔は、安心したようなかすかなやすらいだ笑顔だった。キリコはバイマンをそっと床に下ろした。亡骸はしかしここに置いていくしかなかった。他の死んだ者たちと同じく、この地獄の釜の底で炎に焼かれるのだ。

すでに施設全体に煙が充満し、炎も出始めていた。ATによる銃撃戦で、施設は壊滅状態だった。秘密結社の連中はすでに撤退し、中はもぬけの殻だった。ペールゼンが死亡したのを確認した今、ここに長居は無用だった。

――ここも、ウドと同じか・・・・。

キリコは足を踏みしめて無言で立ち上がった。戦友と呼べる同僚と死に別れるのは、今回が初めてではなかった。しかし、またひとりきりになった。そう思った。またそんな奴らと会えるだろうか、自分は・・・。ただ彼らに言えなかった、言わなかった言葉がキリコの胸に充満した。その思いに彼の心はむせた。涙は出なかった。ただただ胸苦しくつらかった。しかし何も言えず死んでいった彼らは、もっとつらかったはずだ。

なんとか施設から長いはしごづたいに脱出すると、キリコは荒野をひとり歩きだした。次の街までは徒歩でだいぶある。ヘルメットは捨てた。あの時フィアナに、ヘルメット越しに無言で見ているのではなく、素顔で声をかけてやりたかった。よく生きていてくれたと、俺を覚えていてくれたと。不器用にでも。しかしそうできなかった。それでメットを荒野に置き去りにした。また次の流れ着いた街で備品で買うことになる。何ギルダンか支払うことになる。それでもよかった。俺はあの時怒ったんじゃなかったんだ。誤解しないでくれるといいが。彼は彼の心に住むフィアナに語りかけた。しかし彼は無言でただ前に向かって歩いているだけだった。

施設の上は満天の星空だった。その星々の高く澄んだ先に、あのリドの資源衛星はあった。あの懐かしい場所の出会いは、無意味ではなかった。こんな世の中で自分にとって意味があるということ、それだけが今のキリコにとって、心のやすらぎとなることだった。たとえそれが、忘れがたい過去と隣り合わせの出来事だとしても。

ココナは暖かな寝床の中で目を覚ました。キリコがまた心で泣いている、と彼女は思った。キリコは泣かないんじゃない、泣けないんだよ・・・・・ウドでいなくなったかわいそうなキリコ、もう会えないのかしら・・・自然シーツの中でべそをかいていると、バニラが様子を見に部屋に現れた。

「なんだ、また泣いているのかココナ?」

「だってキリコがまたひとりぼっちでさ・・・うぇっ、うぇっ。」

「ほらほらココナ・・・・。」

と、ゴウトが奥からひっかけているグラスを片手に戸口に現れた。

「ここクメンはウドから南西に5万リーグ、ATの流れ者が来るにはもってこいの場所さ・・・。大丈夫やつぁここに来るよ。」

バニラは答えた。

「そうかな、とっつぁん。他にも街はたくさんあるぜ。」

「あってもなあ。あいつはきっとここに来る。俺にはわかるんだ。ほら、ココナ、だからもう安心して寝な。」

「うん・・・・。」

ココナは布団を鼻先にまで引き上げて、軽くうなずいた。バニラたちは戸を閉めて向こうに消えた。ココナは布団をかぶって小さくつぶやいた。ココナはやはり、キリコが好きなのだ。

「キリコ、また会えるといいな・・・・。」

そうして彼女は目を閉じた。

                                  Alone in the Dark  ― 完 ―

広告を非表示にする