隷の星

SF作品の二次小説のブログです。

PART2 7

翌朝は雨だった。酸の雨が、待機しているATの機体を鉄錆色に染めてゆく。

「夜まで待つ。レッドショルダーがいるとすれば、少しでも手を打っておく必要があるからな。」

グレゴルーは言った。キリコらは施設の地下構内への入り口付近に潜伏することにした。お互いに息を殺しながら、万がひとつのチャンスも逃さぬように、近寄ってくる危険を嗅ぎ取るのである。しかし、長く続く沈黙に耐えられず、戦場でもつい私語してしまう兵士も多い。バイマンは決して怖気づいたわけではなかったが、このまま何も言わずにATの戦闘に入るのは、何かたまらない気持ちがあった。何か一言、伝えておくべきではないか。彼はさしあたって昨日つっかかって、「降りる」と言い出したムーザに話しかけることにした。ムーザを標的にしたのは、今では反省したい彼なのであった。

「・・・ムーザ、聞こえるか。」

スピーカーの向こうから雑音のほかに、ある気配が伝わってくるのを感じ、バイマンは続けた。

「さんざんからんですまなかったな。白状すると、俺は・・・。」

「よせ。」

ムーザは言下に否定した。ムーザは昨日のバイマンの言動を、決して心底から許したわけではなかった。しかし義手になったバイマンに、これ以上怒る気にはなれなかった。

バイマンは続けた。

「俺は、本当は・・・。」

本当は、とバイマンは思った。俺は本当は、寂しかったんだ。しかしその喉元まで出かかった言葉は発せられることはなかった。俺はまだ他人に甘えたいのかとバイマンは思った。後をグレゴルーがわかったようにひきとった。

バイマン、話したい事は今は全部胸の中にしまっておくんだ。生きて帰って来た時のためにな。」

キリコは無言で無線の会話を聞いていた。皆これから死地に赴くのだ。そのつもりで、必死で言葉をつむいでいる。俺にはこんな時にも仲間にかけるべき言葉が見つからない。彼は自分の狭量さを思った。昨晩は仲間同士のいさかいにいささか腹を立てていたキリコだったが、寝て一晩たつと、バイマンに昨晩焚き木を投げかけたことについて、彼としてはバイマンに何か言いたい気持ちはあった。しかしキリコはそれができないでいた。彼はそうした人間だった。また己れを切り詰めていくんだな、とキリコは思った。ATに乗ることで、そういった普通の人間関係を先送りし、際限なく自分を切り詰めていくのだと。そしてその予定繰り上げから自分は永遠に逃れられないのだと彼は思った。結局のところATの中から自分は出られないのだと彼は考えた。あのウドで再会したフィアナという女性に惹かれたのも、彼女がごく普通の人間ではなくてATのパイロット乗りだったからだ。その彼女をもしこのATの呪縛から解放できれば、彼女は俺の世界から次第に遠ざかっていく。それでも俺は――彼女を救ってやりたい・・・・・。

「・・・・・・・ゆくぞ。」

すでに日は暮れかかっている。爆破コードを接続させて爆破させるために、そうふっきるようにつぶやいてキリコは坑道内に潜入した。もう宵の明星が、あつい曇天をぬって頭上の中空に輝きだしている。雲間は晴れてきているが、彼らの心は晴れてはいない。ATまで駆けて戻ると、にぶい地響きを立てて爆破音が構内にとどろいた。中にいる元レッドショルダー部隊の耳にも届いたはずである。キリコが戻ると同時に、グレゴルーらは一気にATを駆り入口から中に滑り込んだ。グレゴルーが叫んだ。

「いたぞ、レッドショルダーだ。」

言うが早いか、敵のマシンガンが火を噴いた。もはや感傷になど浸っている暇はなかった。赤い鉄鬼たちは右肩を血の色に染めながら、そこかしこの暗がりに潜んでいた。もうトレーラーに乗っていた時の甘い絶望も、過去への感傷も、ギリギリの命を張った賭博の前に吹き飛ばされていった。

ATの銃弾を駆りながらムーザが叫んだ。

「ケッ、こんなもん、裸のマヌケにしか効きやしねぇ!」

装備には自信のある彼らだったが、うごめく悪鬼に己れを奮い立たせているセリフだった。

「気をつけろ、敵はどこから出てくるかわからんぞ、油断するな!」

グレゴルーが叫んだ。彼らはセンサーの雨を器用にすり抜けて構内に進んだ。と、その時だった。いち早く異変を嗅ぎ取ったグレゴルーが注意を促した。

「ムーザ、気をつけろ!そこに何かレッドショルダーでないやつがいるぞ!」

数メートル先の角を曲がったところに、その見慣れない青い機体はあった。

「へっ、そんなもん屁でもねぇ!」

ムーザはそう言うと、ローラーダッシュで前に突き進んだ。構内の通路は驚くほど無人で、AT以外の障害物が見たところまったくない。これは待ち伏せとみるほかないようだ、とキリコは思った。そして、やはりレッドショルダー以外の機体がいたようだ、と彼は思った。彼女だろうか。しかし。

と、その時だった。

その機体が驚くべきスピードで角を曲がり、ムーザの機体に向かってUターンして突進したのだ。

――この反応速度。やはり彼女か?

やはり元に戻ってしまっていたのか、とキリコが思った瞬間、悲劇は訪れた。ムーザの機体がその青いATの放ったパンチに簡単に吹き飛んだのだ。その動きはあまりにも俊敏で圧倒的だった。

「ムーザ!」

バイマンが叫んだ。こうもあっけなく、あのムーザが死ぬとは。しかしそれは、一瞬脳裏をかすめた意識で、すぐに彼らは態勢を立て直して三機続けて物陰に逃げ込んだ。グレゴルーは言った。

「あいつはレッドショルダーじゃないな!」

キリコは答えた。

「ああ。」

「あんなやつにおまえはウドで会ったっていうのか?」

「たぶんそうだろう。」

「追ってくるぞ!ひとまず逃げる。」

バイマンはその無線会話に交じってくる、笑い声を聞いた。

「なんだこいつ、笑ってやがる。」

それはかすれたような耳につく笑い声だった。ATに搭乗しているのは、むろんイプシロンだった。彼が獲物をしとめて笑っている声だったのだ。バイマンは言った。

「ぞっとするぜ。キリコ、ペールゼンの居場所は見当がつくか。」

「おそらく中心のタワーの中だ。構内を貫いている。」

「よし、こっちだキリコ。」

グレゴルーは先頭に立ってATを進めた。キリコは今の笑い声は彼女ではなさそうだ、男の声だからな、と思った。やや安堵はしたものの、その彼女と恐らく同類の男は、彼女の仲間と見て間違いないだろうと思った。どうやらすでに自分のあずかり知らぬところで、彼女を取り巻く環境は動いているらしいとキリコは思った。そうした事は戦闘場面でよくある出来事だった。同じ状況が続くことはまずないのが、戦場の定石だった。そんな彼女を救いたいなどと先だってまで考えていた自分の甘さを、キリコは苦笑いする思いで考えた。それでも俺は、俺の思っていたようにやるだけのことだ。さしあたってペールゼンのところに、彼女の同類の男がいたという事だけでも発見できたのだ。あとは、彼女からペールゼンを排除すればよい。できなくとも、少しでもその目的に近づけばいいのだ。いや、俺は必ずやり遂げてみせる。キリコはその時そう思った。

ペールゼンは不気味な振動が立っているフロアを忍び寄ってくるのを感じた。

――キリコだな。

彼は、そうに違いあるまいと考えていた。イプシロンを始動させたことで、秘密結社の組織の人間たちがフロアからすべていなくなった時、ペールゼンは我知らずモニターに映っているATに向かってささやいていた。

「・・・グレゴルーか・・・バイマン・・・・そして、キリコだな。」

彼は、それらのATの動きを識別できた。レッドショルダー部隊から彼が不適格者として終戦前に排除した数十人のリストの中に、その名前があった。彼は、モニターのキリコ機に向かって集音マイクから語りかけた。

「私にいったい何用があって来た。お前たちは、私を失望させることばかりだ。」

キリコは応じた。

「ペールゼンか。」

「そうだ。おまえたちの襲撃の目的は何だ。」

「わかっているはずだ。」

キリコのいつもの答え方だった。ペールゼンは憎悪が再びこみあげてくるのを感じた。ペールゼンは言葉を継いだ。

「お前たちを今追っているのは、私の理想そのものだ。貴様らごときでは絶対に勝てんぞ。」

「ありがたい忠告だな。だが、そんな事で、俺たちが引き下がると思うか。」

「本気で私を殺せると思っているのか?」

「でないと、一生悔いを残すからな。」

悔い、だと、とペールゼンは思った。こんな連中が悔い改めるなど、考えられる可能性として万に一つもない。すべてにおいて反抗的だったおまえが、とペールゼンは憤然となった。

「おまえがそう言うのなら、やってみせるがいい。そのイプシロンを倒すことは、おまえには絶対にできん。そしてこの私のこともな。」

ペールゼンはそう言った。キリコはその間もATを移動させていたが、次の瞬間通路の陰から現れたイプシロンのATに鋭い一撃を受けていた。キリコ機はからくも逃れたようだった。なんたる無様な、とペールゼンは顔をモニター画面からそむけると、戦いの行われているエリアへ、コツコツと杖をついて降りて行った。この目でキリコが死ぬところだけは、目撃しておきたかった。

この分ではプロトワンの出番もなく、この茶番劇には決着がつく。またそうでなくてはな、とペールゼンは思った。彼は実はこの蟻地獄の迷路を、彼の育てたレッドショルダー部隊の生き残りの最後の晴れ舞台として用意し、すべてこの地獄もろとも葬り去る予定だった。そうして彼はイプシロンとプロトワンとともに、新天地のクメン王国に降り立つ算段でいた。その呈のいい厄介払いの舞台に、キリコたちは罠とも知らずのこのこと現れたのだ。ペールゼンはそれらしいPS計画に関する情報をキリコらにあらかじめ流していたし、彼らに横流しのATが届くように手配もした。所詮はその程度の連中だった、せめてその哀れな最期を見届けてやらねばならん。ペールゼンはその時そう思った。

彼は自分でも知らず知らずにうちに、レッドショルダーの育ての親の感傷に流されていた。この時キリコらを見捨てて、さっさとクメン行きの搭乗機に乗っていれば、彼は以前の軍事法廷を生き延びたように、この場で延命できたはずだった。しかしそれもまたキリコを取り巻く神の仕組んだ、残酷な宿命だったのかも知れない・・・・・ペールゼンもまた神の走狗にすぎなかったのである。むろん彼がこの時知り得ることではなかったが。

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