隷の星

SF作品の二次小説のブログです。

PART2 6

キリコは目の前でパチパチとはぜる火の粉のゆらめきを見詰めていた。軍用缶詰の貧しい食事をもそもそとスプーンでつつきながら、さっきから誰一人として口を開こうとしない。忘れてしまいたい過去の傷跡が、またパックリと口を開いて闇の中のそこにあるような気配だ。それはATの開口部のハッチの暗闇と似ている。それに包まれると安息感を感じるとかつてキリコはウドで思ったことがあった。しかしそれはすべてに絶望し、生きているのも死んでいるのと同じだったからだ。今、彼らは生きたいと思っている。願わくばペールゼンを計画どおりに殺害し、生還したいというのが彼らのたっての望みである。死は今や彼らにとって、甘き誘惑ではない。それは乗り越えねばならない壁であり、目的への障害物であった。果たして自分たちにできるのだろうかという重い現状認識がある。それが今彼らの口を閉ざしている。その現実の重さから逃れるように、彼らは自然仲間の動向をうかがうようになっていた。こういう時は落ち着いていた方がいいと、グレゴルーはさすが一番年長なので黙って様子を見ている。ムーザとバイマンがさっきから小競り合いを起こしているのを、グレゴルーは困っているのだった。単なる武者震いで互いに突っかかっているのならいい。決定的なことにならなければいいのだが――彼はそう思っていた。

バイマンはキリコの様子をうかがっている。右手の手袋をした義手でスプーンを口に運びながら、彼は思った。――無理しやがって。本当は俺たちともつきあう気はなかったんだろ・・・・。

さっきからのムーザとのいさかいを逐一無言で見ていたキリコは、彼の性分からして、この集団行動に疑問を持っているはずだ。バイマンにはそれがわかっている。しかしバイマンはキリコに横にいてほしかった。単にキリコがいると戦力的にたのもしいからだけではない、それには彼の心の傷があった。

この義手は終戦間近に、キリコとは別の作戦で負った傷だ。キリコはその時リド作戦に参加していた。彼らRS隊の四人が、その前の作戦でやはりキリコの隊列行動には問題があったという話から、同じような心理傾向を持つ集団であるということで、分けられて配属することになったのである。そこでキリコは、素体を見たのだ。バイマンはATごと宇宙に吹っ飛ばされた。右腕を損傷し、彼はATで遊泳しているところを、兄弟機に助けられた。彼は宇宙で漂った際に肺機能まで障害を受け、呼吸機能が地上の空気でも長く持たないだろうと医師に言われていた。しかしキリコはそうではない。彼は、あの地獄の街ウドが壊滅したのにそこから無事生還した。それも五体満足でである。

もう一度キリコとあの頃のようにつきあうことはないとバイマンも思っている。あれから様々な時間が流れた。キリコももう成長したのだ。しかしそばに少しだけでもいてもらいたい。自分の体を心から憐れんでほしいとまでは言わない。そんな自分だが、キリコに一言無理をするなと言いたい。しかしそれがいつもうまく言えない。ましてや仲間の前では言える言葉ではない。きっと来た時のように去るんだろうな、また――バイマンにはその光景が目に浮かぶ。乗ってきたATから特にどうということもなく飛び降りると、またなという言葉もなく、彼はその場からいなくなるだろう。それがキリコだ。いたという痕跡すら、なくなるような男だ。自分が存在していることすら、あいつにとっては消したいことなのかもしれん。だからおまえはそうでないと自分は言いたい。おまえをずっと覚えているやつだって、こうしてここにいるんだぜ。しかしそれは言えないでいた。

その時だった。たき火を見詰めながら、ムーザはぼそりとつぶやいた。

「俺は、降りる。」

ムーザはもともと低い声をさらに低め、足元を見つめながらつぶやいた。考えに考えた末の様子だった。

「・・・・俺は死ぬのは怖くねぇ。だが、他人の痛みがわからねえ奴と戦うのは、お断りだ。」

バイマンは一瞬はっとなったが、ニヤリと顔を作り、ムーザに応酬した。

「俺は抜けるもんか。自分の臆病風を他人のせいにするとは、あきれた野郎だなあ。」

他人の痛みがわからない奴――ムーザにそう思われているのはバイマンにはわかっていた。というか、そう思われるようにバイマンはムーザをあおっていたのだ。ムーザがやめると言い出すまでに思い詰めていたのは知らなかったが、そうした卑怯な奴ということで、ATで作戦行動中に窮地に立たされた場合、ムーザはバイマンを確実に見捨てるだろう。おれのようないい加減な男にはそれが似合ってる―――。

「何だと!」

ムーザは立ち上がった。もう拳を握っている。ムーザは見かけと違って血気盛んな男だ。ムーザは叫んだ。

「じゃあ、この場で殺してやる!」

その場をいさめようとするグレゴルーの声を、すまねぇ曹長、と心の中で拝みつつ、バイマンは一気にムーザの挑発に躍り出た。

「面白れえ。いつも泣きっ面を見せられるよりは、ずうっといいぜ!」

いきりたったムーザのパンチがバイマンの頬に飛んだ。バイマンは痛みをこらえて、砂地で転ばぬように器用に後ずさったが、ムーザのパンチが容赦なく襲ってきたので、ついにどうと音を立てて倒れた。こいつは失態だなとバイマンは思いつつ、構えてみせて余裕で笑おうとさえした。それが、ムーザのさらなる怒りをかったらしかった。

「立ち上がれ、バイマン。どういうわけで、てめえは何で殴らねえ!」

その時だった。黙って成り行きを見ていたキリコが急に立ち上がると、燃え続けるたき火の中から薪の一本をつかみ、バイマンの前に来た。キリコは言った。

「ムーザ。奴の殴らないわけを教えてやる。」

一同がアッと思う間もなかった。キリコは手に持った薪を、いきなりバイマンの右腕の上に放り投げたのである。火はバイマンの制服の袖から、簡単に腕全体に燃え移った。

「うおっ、バイマン!」

あわてて上衣を脱いだグレゴルーは、それで鎮火に務めた。バイマンは一瞬わが身に起こったことがわからなかったが、炎が消えた後に、自らの義手が現れた時、彼は悟った。キリコは知っていたのだと。彼の秘密も、彼の虚勢も・・・。バイマンは力なくつぶやいた。

「・・・そう、か・・・・知っていたのか・・・。」

彼は腕を隠すようにした。グレゴルーは驚きを隠しきれずにバイマンに言った。

「何故隠していた?その腕じゃATの操縦は・・・・・。」

「なあに。見せびらかすようなモンじゃねぇからな・・・・。大丈夫だよ、気にしなさんな。」

「しかし。」

「いいって!」

バイマンは振りほどくように言った。グレゴルーはしかし心配そうに続けた。

「おまえ・・・・死ににいくつもりじゃないだろうな。」

「まさか。生きて帰るさ。そのつもりだよ。」

ムーザはまったく知らなかったので、黙り込んでしまった。彼は、本当に抜けたいと思っていたのだ。しかし、バイマンがこのような事情を持っていたと知り、己れの申し出を恥じるしかなかった。ムーザは言った。

「すまん。おまえが、さっきからその・・・。」

バイマンは義手でない方の腕を振って答えた。

「余計なこと言っていたのは俺のほうさ。あやまるぜ。」

「しかし・・・。」

「抜けたいのなら、抜けりゃいいんだ。なあ、グレゴルー?」

「うんむ・・・・。」

グレゴルーはうなった。この頭数でさらに人数が減るのは考えられる話ではなかった。

「そいつは困る。バイマンおまえがそんなんなら、人数には入れなかった。」

「俺は戦えるさ。おまえ何言ってんだよ。」

「でもなあ。」

その時キリコが口を開いた。

「やせ我慢はよせ。度が過ぎるのは見ていてつらい。」

バイマンは一瞬胸を突かれた。言われたくない言葉を、一番言われたくない相手から言われてしまった。しかしそれは、彼には予測もしていたことだった。バイマンはふ、と痛む右頬で笑って答えた。

「・・・・大丈夫だよ。ほうれ、ペールゼンを絞め殺すには不足はねぇ・・・・。」

そうして義手で何度も絞め殺すまねをしてみせた。グレゴルーはわかったというジェスチャーをした。それでその場はお開きになった。それ以上その話題は続けられなかった。ムーザが抜けるという話もお流れになった。

話がついたと見たバイマンは、「じゃ、寝るぜ・・・。」と言うと、テントの方に行ってしまった。

キリコはバイマンのその態度にはその時終始無言だったが、その瞳の中で何かが動いたようだった。彼もまた、バイマンに己れの秘密が知られていることを、その短い言葉から悟ったのだ。あのペールゼンを絞め殺そうとした時見ていたのか、とキリコは思った。だが、それがバイマンがこの復讐行に加わる直接的な理由ではないはずだ、とキリコは考えた。バイマンはバイマン自身の理由で、それはおそらく負傷した右腕のせいだとキリコは思った。バイマンのAT修理の際の挙動から察した彼は、それでさっき薪を拾って投げたのだった。

バイマンが考えたように、キリコはむろんバイマンの態度にはうんざりしていたのだ。キリコにはバイマンが、自分の身を憐れんでほしいからそのような横柄な態度を取り続けているように見えた。皆己れを守るのに精一杯で、それでいさかいばかり起こしているのだ――そう思い、狭いテントの中でひとり膝を抱えて眠った。

キリコのいた世界は、その頃そのような世界だった。バイマンが昔と変わらず他人行儀な態度で、人をからかうのをやめない。なんとRS部隊は殺伐としているのか――あのウドで優しかったフィアナとは何という違いだろうか。彼女とまた会えるといいのだが・・・・。キリコの願いはその時ただそれだけだった。バイマンをやムーザやグレゴルーの気持ちを思いやることもなかった。それで後になって後悔することもまだ知らなかった。

その夜は、ひっそりと更けていった。

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