隷の星

SF作品の二次小説のブログです。

PART2 5

ポローから長々とした叱責を受けた後、フィアナは呼ばれてペールゼンの執務室を訪れた。組織にあてがわれたペールゼンの部屋は、簡素で落ち着いたインテリアの部屋である。壁にはいくつかRS部隊の写真が飾られているが、それらはキリコ個人を認められるようなものは一枚もない。すべてATや重戦車などの機動部隊の前で整列したRS隊員たちの集合写真であり、それ以外は軍幹部の会談時に撮影された記念写真だった。それら無味乾燥な写真に囲まれて、老人は椅子に座り、形ばかりの書類の上に目を落としていた。ノックして入室したフィアナに、老人は顔を上げた。細かく皺を刻んだ顔は、極寒地に生える高い樹の年輪のようだとフィアナは思った。フィアナは言った。

「お呼びいただき、ありがとうございます。閣下にお話ししたいことがあります。」

「私も君に話があったのだ。」

「私が言いたいのはイプシロンのことです。これでいいのでしょうか?」

「どういうことだね?」

「兵器として生まれたPSにも、人間としての感情を与えるというあなたのお考えは素晴らしいと思いました。けれども今のイプシロンを見ていて感じました。兵器として生まれたのなら、そのままでいた方が幸せなのではないかと・・・・。」

フィアナは言いよどんだ。イプシロンが自分とは違うことを、さっき彼女は見てしまった。彼は普通の人間ではない。だとすれば彼と同胞として手を取って逃亡するのは困難なことだ。ペールゼンはフィアナの気持ちを見透かすかのように答えた。

「悩んでいるのか。誕生前にキリコと出会ったことを。」

フィアナはとっさにとまどった。今言いたいことはキリコのことではない。しかし彼女は答えた。

「いっそ会わなければ・・・・こんな苦しみはなかったでしょう・・・・。」

彼女は思わず目を閉じた。やはり懐かしい彼の焼きついた映像が、いつものように「そこ」にいた。

その様子を見てペールゼンは書類を机に指から落とすと、きわめて事務的に言った。

「自分に嘘をついてはいけない。君は、愛しているのだ。」

フィアナの肩がはっ、と細かくうち震えた。はっきりと他人に指摘されるのも恐れているのだ。この孤独な女はあれを心から愛しているのだなと、ペールゼンは思った。フィアナはまたその双貌を開いた。女の瞳の中で、さまざまな感情が揺れ動いているのをペールゼンはまざまざと感じた。懊悩と苦悩と。そのふたつが彼女の中でせめぎあっていた。この感情を人は乗り越えねばならない。ペールゼンは言った。

「私は知りたいのだ。感情というままならぬ機能を持ちながら、人はそれ以上の存在になれるのかどうかを。私は半生を挙げてレッドショルダーという戦闘集団を育てあげてきた。訓練によって、PSにも匹敵する、最強の人間を創造したかったのだ。しかし、完成したもっとも優秀な兵士は私の考えとは違っていた。」

「キリコ・・・ですね。」

フィアナはおそらくそうだろう、と言葉を継いだ。そのような者だから、私の目にあの時焼き付いたのだろうと。それは何か仕組まれた作戦からだと、彼女も少しはわかっている。

ペールゼンはまったく表情を変えずに続けた。

「私のシステムにとっては彼は、明らかに適性を欠いていた。すべての事に疑いを持ち、反抗的で、幼稚とさえ言える、あまりにも人間的な弱さを持ちながら、にもかかわらず彼の能力は他の者よりも抜きん出ていた。私は彼を憎んだ。終戦間近に私は彼を、用意周到な作戦で殺そうと試みたこともあった。」

ペールゼンは自分の顔が、古い怒りでこわばっていくのを感じた。その際に受けた拷問もまだ記憶に新しい。

「だが彼は生き延びた。耐え難いことだが。あのイプシロンが君によって、たとえ後天的にせよ感情の動きを克服し、冷静な判断によって戦えるようになれば、キリコ以上の超人が誕生する。」

フィアナはペールゼンの言葉の意味を頭の中で反芻した。これがやはりPS計画の全貌なのだと思った。人間を人間ではなくしてしまうという計画――当の人間のことは考えたこともない計画・・・。

フィアナは言った。心が目もくらむような怒りに打ち震えていた。

「なぜです。何のために、そんな者がいるんです?」

ペールゼンはいきなり勢いよく椅子から立ち上がった。そして無言でつかつかと歩み寄り、フィアナの前に来て言った。老人はフィアナの顔の横で、低く叱責するようにささやいた。

「・・・・・まだわからんのかね?二人を戦わせたいのだよ!そのための君なのだ!」

フィアナは瞬間瞳を震わせた。わかっていたことだ、と絶望して思った。この老人に「なぜ」という質問は存在しない。男が二人いる、その間に私はひとりいる女・・・・その獣のような戦いだけのために今私は存在しているのだ。それでは人間という扱いではない。そしてそれを拒否することは許されない。

ペールゼンは言った。

「キリコは人を超えた存在によって、葬り去らねばならない。君たちにはそれをやってもらう。」

ペールゼンはそれだけ言うと、コツコツと杖をついて部屋から出て行った。フィアナはその場に棒をのんで立ち尽くした。自分がどうすればキリコとイプシロンに最良の方法を取れるか、彼女は今必死で考えていた。キリコはイプシロンに敵意を抱くだろうか。そしてあのイプシロンは。

――どうすればいいの、キリコ・・・・・・どうか私を助けて・・・・!

彼に安易にたよってはならないと思っているフィアナだったが、どうしてもそう思わずにはいられないのだった・・・・。

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