隷の星

SF作品の二次小説のブログです。

PART2 2

「・・・・従って彼の教育は、すべてコンピューターからマイクロ・インプットされたプログラムによって行います。プログラムは人間の基本的な四つの精神構造によって分けられております。すなわち、知性・理性・経験・感情、この四つの分野におきまして分散的に彼には適応していきます。生後一年以内で最も発達を遂げるのは知性の領域です。まず、この部分の統制をおこないます。むろん、PSの彼に幼児の知能発達をそのまま当てはめるのは間違っています。しかし、彼の脳の状態はこの場合、非常に第一期健忘症の患者のそれに近い。彼らは生まれたばかりの乳児と違って自己識別能力と判断能力はあります。ですから、この場合母親のような介添え人の協力は、非常に望ましいと考えられます・・・・。」

モニター画面に嬉々として語りかけている双子の科学者を、ペールゼンは暗澹たる気持ちで眺めていた。彼の経験から言えば、机上の戦略論が実践戦法の老獪さに勝ったためしはない。彼の創設したレッドショルダー部隊はまさしくそのような実践の戦闘集団であった。しかしその考え方からして、捨てなければなりませんぞ、閣下のおっしゃるような白兵戦の時代は終わったのです。この秘密結社に迎えられて以来、耳にタコができるほど聞かされた言葉だ。いずれはこの清潔の極みであるような、ガラスケースに入ったこの人形のような少年にも、自分は自分の経験とやらを教える日が来るのだろうが、果たしてそれはPSにとっては私個人の経験として鍛えられるだろうか。彼は自分の使い捨てられる運命をよく知っていた。知っていながらこのPS計画に加担したのである。それはアストラギウス銀河を統べる「神」とやらのためではなかった。彼はそんなものは信奉していなかった。そしてこの秘密結社はそのような信者の結束した集団であった。彼はひとり、己が居場所から浮いていた。

彼は近ごろ時として、自分の立っている場所もおぼつかなくなる。手に杖を持つことも、昔のようにためらわれなくなっていた。注意していないと、しばしば過去の幻影にとらえられてしまう為である。自分はまだ判断能力が衰えた老人ではないと思うが、ひたひたと、過ぎ去った過去への郷愁はペールゼンの足元を浸し始めていた。これが老いというものなのだなと彼は思った。

――兵士の使う銃は殺傷能力のほかに、もうひとつ重要な側面の機能がある。普段は見過ごされがちだが、星の運行によって、三角法の計測により、自らの立つ緯度の位置を知る事ができるのだ。さあやってみろ。まず、君の必要な北極星の方角をあの空の中から探し出すのだ・・・・。

ペールゼンは一瞬瞑目した。何もかも、あの男のためなのだ。私が今ここにいるのは。そして、昔の私と同じ過ちがまた繰り返されるのを、軌道修正するだけの存在なのだ―――ペールゼンは、青い光の中を漂っている少年、イプシロンが、やはりPSの少女であるプロト・ワンによって、覚醒させられる計画を、秘密結社の連中から聞き出した時、叫びだしたい気持ちだった。盲者に盲者の手を引かせるというのか、これはまたなんと愚かしい。またプロト・ワンに「神の一手」による「刷り込み」によって、あのキリコの情報がインプットされているということも聞いていたのであった。キリコはしかし、ウドで死にましたからな。と、ボローは自信たっぷりに言いきったものだが、ペールゼンはまったくそんな話は信用していなかった。彼の部隊のAT乗りは、あの程度の終局の地獄に耐えられぬはずはなかった。ましてやそれは、キリコであった。彼は考えた。

―――すべては神の用意したすごろくのようなものかもしれん。しかし、キリコとPS、どちらが勝つか。それだけは見たいものだ。私はあのキリコの死にざまを確認したいのだ。

あの私を殺そうとした男が死ぬだろうか、とペールゼンは考えていた。もとはと言えば「死なない兵士」という、途方もない話から出た駒であった。補給される兵士が死ななければ、部隊は永遠に攻撃が続けられる。それは決して財政的に破たんしない経済集団であった。そしてそれは机上の永久機関であった。その素面で聞けば一笑される思いつきのような大昔に立てられた計画から、レッドショルダー部隊は創設されたし、今彼の目の前のPS研究もすすめられているのだ。それらのコードはすべてアストラギウス銀河の「神」につながっていた。それを覆えす者は今までいなかったし、ペールゼンは自分もそうであると思っている。

だが。

あの男ならできるかも知れん。それを為すことが・・・・彼は苦々しい思いでそこに立っている。自分はそれを為すにはすでに弱く年老いており、また用済みになりつつある。そしてキリコは決して私の思いをくみ取りはしない。それどころか間違える可能性が高い。まったく何ということであろう。そのため、彼はイプシロンを生み出すことを由とした。彼の一存で現在進んでいる計画ではないが、あえて中止や妨害はしなかった。それどころか助言すらした。すべては来たるべき未来のためである。そうだ、キリコでなければ、このイプシロンが模範的な者であればなおよいのだ。ただ、そのリスクは科学者たちの説明からは、限りなく大きい。そのためには、キリコと戦って、このイプシロンに模範的兵士であることを学んでいってもらわねばならない。そしてこの負の生産ゲームを、止めてもらいたいのだ。彼はそう考えていた。つまり、不死身の兵士が一人誕生すればいいのだ。その後はその集団の絶対的強権によって、宇宙はまた再び沈黙する。ありえないことだし、そうはならないという可能性も私は知っている。しかしそれが「まったくない状態」よりははるかにましなはずなのだ。そう彼はおのれの人生の終末で考えていた。そしてそれが自分の一生でなせた最終事業であると結論づけていた。

「よく眠っているのですね。私は彼を起こしたくないわ。」

その少女はモニターの前に集まり、PSの説明に熱中している組織の軍人たちをよそに、誰に話すともなしにそっとつぶやいた。彼らから少し離れた場所にいたペールゼンだけが、少女のつぶやきを耳にすることができる位置にいた。ボローからPS誕生のいきさつは聞いている。あれは事故だったのです、面目ない。確かにそうであろう。プロト・ワンはキリコを「刷り込み」によって「はじめて見た光」、つまり「神」であり「親」と位置付けられた以上、キリコを攻撃できない。それどころか、キリコと人としての愛情をはぐくみはじめた。そのバグによって、PSとしては致命的な欠陥があると言わざるを得ないのだ。イプシロンもそうなるだろうか。

彼はすでにその「危惧」を克服するために、イプシロンにある「操作」を施している。すなわち、攻撃衝動の抑制を解き、目標を必ず駆逐するべくイプシロンには脳波などを高度な値で設定している。それが彼の行った「助言」であった。つまりは――イプシロンは、彼の理想とする不死身の兵士に向かって、より完成された試作品なのだ。しかしそれは彼はプロト・ワンには教えていない。自分と同じPSであるとしか言っていない。プロト・ワンは自分と同じ同胞の誕生に、子供のように喜んでいる。まさに子供のようにだな、とペールゼンは考えていた。このような女には、単なる手駒として働いてもらうしかあるまい。ペールゼンは言った。

「起こしたくない。そう考えるのは、キリコのことからかね。」

「いえ・・・・。」

PSの彼女は、ペールゼンに簡単に見抜かれた事に、動揺した有様だった。しかし、隠しようもなく頬が上気していた。ペールゼンはこういう態度を見せつけられると、つい年甲斐もなく逆らいたくなる自分を抑えることができなかった。この可憐なまでの美少女は、まったく戦場の悲惨さとは無縁に生きているように思えた。それが、あのキリコとと考えるだけで、彼には十分滑稽な話だった。キリコはこのような女がそばにいる限り、イプシロンに勝つことはできないだろう。しかしこのイプシロンは勝つ。そのようなあらゆる人間的なものから、彼は超絶した存在なのだ。たとえプロト・ワンによって目覚めたとしてもだ。それはイプシロンにとっては、ただのPSの覚醒としか働かないだろう。ペールゼンは言った。

「キリコはRS時代は、一番の成績を常にあげていた。たとえばその同じ一週間の間に、彼の殺した原住民の数は、他の者の二倍であったことがよくあったな。」

ペールゼンはわざと残酷な物言いをした。これもキリコを矯めるために必要な、プロト・ワンに刺す釘のひとつである。事実そうであるかどうかは、どうでもいい。ペールゼンは白い衣装が奇妙に似合う少女を横目で眺めながら、少女の知りたがっている、キリコについての話を冷酷に話した。プロト・ワンは計測値では、ウドでキリコに会って以来、人間に対する攻撃意欲が目立って低下してきている。ならば戦闘員としてではなく、キリコの精神的な足かせになるべく働いてもらう。そして、キリコはこの女を救いに来るはずだ。この研究所へ来るはずだ。それはペールゼンの読みであった。ウドで探しおおせたのだから、またそうするはずだと。

「・・・失礼します・・・。」

思ったとおり少女はかすかに顔をそむけると、礼をして静かに暗がりに下がった。その様子を彼はどこかで見たような気がした。それがどこかは、今の彼には思いだせなかった・・・・。

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