隷の星

SF作品の二次小説のブログです。

PART1 3

それからの月日は、ペールゼンにとっては昨日の事のように思える。少年は彼の期待に応えた。三か月で少年は共通ギルガメス語と母バララント語をマスターした。ペールゼンは少年にナイフの代わりに拳銃を使うことを教えた。獲物を、目標を破壊した後でも安心せず、油断してはならないことを教えた。また、最小の攻撃力で敵を倒す方法の数々を伝授し、相手の虚を突くことを骨の髄から少年に対してたたきこんだ。少年は、未熟故の従順さで彼の教えを吸収した。少年は無口だが、何事に対してもひたむきであった。ペールゼンはしばしばそのひたむきさに、危険なものを感じていたが、それ以上に少年に彼の知っているすべての事を教える楽しみのほうが弥勝った。彼はその鍛錬の中に、長い間探し求めていたあの『美』を見出したように思った。精鋭部隊として、「レッドショルダー」の名は、後世間違いなく残るであろう。そんな少年が存在していた事は、人々の人口には介さぬだろうが、それ故に彼の人知れぬ努力は報われるだろう、あのガムラン朝の壺を作った名も知れぬ職人がそうであったように。ペールゼンはまことに教育者たらんとする自分の生きがいを、この歳になってやっと発見した思いであった。

しかし、戦局は。

キリコにとって最初の戦役は、ミヨイテ戦であった。ペールゼンはそんな膠着状態の戦役に、彼の手塩にかけた部隊を出撃させる事は、心の底では嘆いていた。生存率5%を割る、奈落に通じる暗黒の宙域。しかし、彼らは生き延びた。そうであろう、と彼はその事実を誇りに思う反面、安堵に胸をなでおろしていた。ペールゼンは本部に帰還したキリコに面会した。

・・・キリコは変わっていた。そのまなざしは、小宇宙の漆黒の闇をたっぷりと吸い込んで翳りを帯び、もはや少年のそれではなかった。

「どうだったね、初めて世に出てみた感想は。」

ペールゼンはまっすぐにキリコの顔を見つめながら尋ねた。それは、即答を要求している時に彼が使う仕草だった。気の毒に、すっかり面変わりしてやつれている。ペールゼンはそれを見抜く眼力を、この時ほど恨んだことはなかった。

「・・・・鳥が・・・・・。」

キリコは虚空にわずかばかり視点をずらしながら答えた。

「居なくなった。」

その一言をキリコがしゃべる間に、百万光年の歳月が流れ去ってしまったように、ペールゼンは感じた。彼は答えた。

「鳥か。君が飼っていた。あれは逃げたのだ。飼育係の手違いで。」

嘘であった。必要ないと思い、放逐したのだ。キリコには知らせなかった。キリコはペールゼンの顔を穴が開くほどじっと見つめた。

「仕方がなかったのだ。」

ペールゼンは半ば憮然として、幼子に言って聞かせるように答えた。キリコの目の中に、ある種の色の光が揺らめいたのを彼は素早く見逃さなかった。

「・・・・失礼します。」

やがて静かにそう言うと、型通りに礼儀正しくお辞儀をして、キリコはドアの向こうに消えた。ペールゼンはそれから小一時間ほども、テーブルに降り注ぐ真昼の陽差しが夕刻のそれに変わるまで、ソファでの姿勢を崩さなかった。

ペールゼンは冷え切った室内をゆっくりと横切ると、机の引き出しから二枚の電子写真を取り出した。鮮明とは言えない写真の画面には、青い光の中で浮かび上がって見える、裸体の少年少女が映っていた。それは、生まれたてで無菌状態の赤子が持つ、あの無垢な清潔感を感じさせるとともに、ナマの人体が持つあの独特の立体感のあるいやらしさを、剥き出しにして迫ってくるように、彼の目には感じられた。

「最初からコントロールされるべきなのだ、技術のみならず、意識の世界までも。」

ペールゼンは胸苦しい思いを吐き出すように、写真に向かって語りかけた。私の努力は君たちに対してなら、きっと報いられるだろう。ただ君たちに対してなら。あれからキリコは何も顧みなくなった。彼についての悪い噂を耳にするたびに、ペールゼンは言いようのない憤怒を覚えた。それは、育てあげた彼にだけに対する、キリコの残酷極まりない復讐であった。しかしかつての輝きがみすみす汚濁にまみれてゆくのを、彼は手をこまねいて見ているよりほかなかった。何故ならそれが彼の部隊の現実的な正体なのであり、それが・・・・

「それが、戦争というものなのだから。」

ペールゼンはつぶやいた。そして歳月が、目を覆うばかりの汚濁をも跡形もなく無慈悲に洗い去ってしまうであろう・・・・。

部屋のドアがほんの僅かばかり開いている事に、そこまできて急にペールゼンは気が付いた。確か閉めたはずだが・・・・・と見回して、灯りのない部屋の隅に息を殺して立つ人影にペールゼンは気づいた。

「キリコか。」

ペールゼンはサングラスの下の目を細めた。ギラギラと闇の中で、キリコが瞳を凝らしているのがわかった。彼の手元を凄まじい形相で見つめている。

「無礼とは思わんのか、ノックもせずに部屋に入るのは。」

キリコはペールゼンの方へ一歩を踏み出し、顔をねめつけながら口を割った。憎悪の炎が十分に含まれたそれは、床にまで響いた。

「それが、あんたの新しいプランか。」

ペールゼンは少し考えてキリコについての噂を思い出し、答えた。

「フ・・・・そうか。サンサに送られるのがいやで、また営巣入りしたいわけだ。あいにくだが私はそんなに甘くはないぞ。」

「つまり俺たちを厄介ばらいしたいだけなんだ、あんたは。」

「何を言う。生存率の低下だけは避けねばならん。貴様らが無事帰還することこそが、作戦の目的であり、任務だ。」

「それは、嘘だ。」

有無を言わさぬ鋭さであった。常々命取りになるとペールゼンがおそれていた、キリコの生来からの本性のそれであった。

「キジも鳴かずば撃たれまい、といことわざを君は知っているかね?」

相手の目に入らぬように、注意深く写真を引き出しの奥にしまいながら、ペールゼンは姿勢を少し傾けて床下にある非常ベルをつま先で探った。こいつは調教しそこなった猛獣と同じだ。いつ飛びかかってくるかわからない。

ペールゼンはそうしながら言った。

「根も葉もない噂話を、部隊内に広めてもらっては困る。それでなくとも近頃はみな殺気立っている。私は君たちを見捨てはしない。私はこの部隊を愛している。」

「嘘だ。」

「何とでも言うがいい。貴様には、このわしの思いなど一生かかってもわからん。獅子身中の虫とは、今の貴様のことだ!」

ピクリと、キリコの頬が震えた。彼はその反応を見てとると、自信を深めてさらなる追い打ちをかけた。言葉による攻撃が、彼に残されたキリコへの最後の切り札である。キリコは口下手なのだ。

「仲間とはつるんでいるようだが、結局貴様という人間には心というものがまるでないのだ。飼い犬でも三日たったら恩を忘れぬというが、貴様ときたら。私の事よりも、自分自身を顧みて考えてはどうだ?」

「問題をすり替えるな。俺が言いたいのは。」

「ええいっ、貴様の言い分など聞く耳持たぬわ!貴様など、あの時さっさと死んでくれればよかったのだ!」

「あの時とは――。」

「最初のミヨイテ戦だ。それならば私の心も安泰だったし、部隊にも少しも傷がつかずにすんだ。レッドショルダーは個にして全なのだ。貴様という予期せぬバグは、部隊から排除されるべき『個』だ!」

キリコの顔から血の気が引いた。ペールゼンは肩で息をつきながら、最後まで一気にまくしたてる必要はなかったのではないかと思う反面、とうとう言いたい事を言い渡してやったという思いを心の中で反芻していた。

と、蒼ざめた顔でキリコは一歩一歩近づいてきた。両腕がすうっと伸びてきて、これは絞殺されると思う間もなかった。ペールゼンはとうの昔から予感していたことが、たった今実行に移されることを、不思議な、手品でも見るような気持ちで眺めていた。

「・・・・あんたにはわからない・・・・。」

キリコの汗ばんだ手が、ペールゼンの頬骨にかかった。そのままじわじわと力をこめていく。

「殺すか、わしを。」

「・・・・・そうだ。」

四年前なら振り切ることも可能だったが、今やその体躯は部隊内の猛者どもと並んでも引けを取らない。ペールゼンの手が虚空をつかんだ。非常ベルはとっくに足元から逃げている。

「・・・・みんな、死んだ、ミヨイテで、バルムで、オロムで、みんな・・・・。」

「こ、ころ、す、・・か、わし、を。」

「わからないんだ、あんたには、あんた、には・・・・!」

ペールゼンは朦朧とする意識の中で、キリコの顔に光るものを認めた。それが汗なのか涙なのか、彼にはその区別がつかなかった。ただただ彼はキリコの力を恐れた。しわの深く刻まれた指で虚空を引き裂くと同時に、キリコはなぜか手を離した。ペールゼンはうめき声をあげて床の上に音を立てて崩れた。しかし、自分がまだ荒い息をついていることに、ペールゼンは気づいた。重い頭で、彼は相手もまた追い詰められた獣のように、息を殺してこちらを見おろしているのを感じた。しばらくキリコはその場に立ち尽くしていたが、やがて来た時と同じように、無音で部屋から風のように立ち去って行った。

――何故、とどめを刺さなかった。キリコ、おまえは・・・・・・。

やがて呻きながらなんとか床から起き上がると、既に月明かりの差し込む開け放たれたドアを、ペールゼンはいつまでも凝視していた。

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