隷の星

SF作品の二次小説のブログです。

PART1 2

ペールゼンは目の前を無表情に行進する部隊を、厳しい面持ちで眺めていた。今年でもう四年目に入る。これが私の最高作で最後の作品になる。別に自負するわけでもなく、彼は最近はそう思う事が多い。この季節になると、持病のリュウマチが痛む。一度体の中で起こるとこびりついたようになって、しつこく痛み、どこにも出ていかない。それでも勝気な彼は、誰にも気取られることのないように、杖もなしに立って行進を見ているのである。背の高い並木道の上を、ジェット戦闘機が爆音で地響きをたてながら、かすめていった。

「閣下、お話があるのですが。」

突然に背中から声をかけられて一瞬足を踏みしめたが、ペールゼンは大儀そうに後ろを振り向いた。ムーザ伍長が緊張した面持ちでそこに立っていた。

「故郷の家族に送っている、扶養手当なのですが。」

「どうしたね。経理係が滞納しているとでもいうのかね。」

「そうではありません。実は家族からした手紙の中で、最近送られてくる額が、その・・・」

「はっきりと言いたまえ。」

「・・・多すぎるのではないかと。」

ペールゼンは思わず眉をそびやかせてみせた。

「君はまさか君の家族に話したのではないだろうね。」

「そのような事は絶対にありませんっ。」

「それならばいいが、不審に思われているのならば、私の方から書類を作成しよう。秘密は守りたまえ。」

「ハッ、申し訳ありません。」

「下がってよし。」

生真面目にきびすを返して立ち去ってゆくムーザ伍長を目の隅で追いながら、ペールゼンはあの生真面目さが奴の弱点であるな、と考えていた。家族持ちか、仕様のない奴だ。生涯独身を通したペールゼンにとって、隊員の持ち込む家族についての苦情は世迷言としか思えなかった。

「レッドショルダーに家族はいらん。」

つぶやくペールゼンだったが、現実には隊員の半数には家族か、そのような者がいた。ある程度のレベルを持ったボトムズ乗りを集めた結果、歴戦の勇士はそれなりの年期を積んだ者でなければならなくなったからだ。だからこそ、あの男をはじめて見つけた時に、あれほど心が躍ったのだ。ペールゼンは苦い思いで四年前の自分を振り返っていた。この苦渋に満ちた表情は誰にも見せたくない。ペールゼンは濃い色のサングラスを中指でずりあげると、運動場をあとにした。

「閣下に向かって、敬礼っ!」

ザッという靴音が、やや猫背気味になりかかっている背中に響いた。

「青磁は、ガムラン朝のものに限る。」

ひとり部屋に戻ったペールゼンは、戸棚にしまってあるたくさんの壺に向かって、そうささやいていた。壺の表面にはうっすらと霜が降りているようで、それがえもいわれぬ光沢を放っていた。美を解する軍人が彼の周りにいなかったことが、長い間悔やまれてならなかった。そう、理解されないのだ。私がこのレッドショルダー部隊を作った理由も。彼は壺をその歳月の重み故に愛する。骨董はそのたしなみのない人間には、まるで気違い沙汰であろう。全く価値のなさそうな古ぼけたガラクタに大金を積む気が知れないというのだ。しかし、彼は思うのだ。その壺なり彫金なりの物件が送った星霜の前には、人の価値などいかばかりのものであろう、しかもそれが自然ではなく人工の手になるものである事に、最も深い意味が秘められているのだ。

「私はそれを、人の間にも見つけたかったのだ。」

締め切った部屋の中で、ペールゼンの吐く息だけが白くゆらいだ。四年前。カラスの目を正確に射る少年がいる、という噂をある占領地帯で耳にしたのがことのはじまりだった。その程度の技量の者なら、彼の育てた部隊の中にいくらでもいる。問題はそれが子供であり、それを子供に教えた大人だ。その時の彼は確かにそう思った。ジープに揺られること五時間余りの辺境地帯の草原に、その少年はいるのだという。

「ナイフを使うんだそうですよ。」

ジープの運転手はそう話してくれた。閣下も物好きだ、あの一帯はスラムですよ、戦災孤児の吹き溜まりです。恐らく失望されることでしょう。黒く日焼けした顔で運転手は笑ってそう話した。

「素質のある年少者を探していてね。」

ペールゼンは目をつむって答え、自分でも半信半疑の目的を、と内心で舌打ちした。弱気になっているのだ。今度編成する部隊も月並みなものになる、そんな予感に今から既におびえているのだ。そんな焦燥感にその頃彼は捕えられていた。もうじき自分も平々凡々な寿命を終わることを思うと、たまらない気持ちだった。そんな思いが多忙な彼に少年に会いに行くことを決行させたのである。それはなかば狂気をはらんだ熱意であった。

「あれが、そうだというのかね。」

少年を目にした時、やはり気を先走らせすぎたと、彼は感じざるを得なかった。薄汚れた白いTシャツを身軽にまとったその少年からは、何の意外性も拝めそうになかった。細い腕がスラリとシャツの袖から伸び、よけいな筋肉のついていない脚首はカモの首のように締まってほっそりしていた。ただ、目つきが異様に反抗的に見えたが、それは栄養状態のよくないこういった地区の子供全般に見られるもので、いずれ大人になり平穏な暮らしになれば消えざるを得ない運命にある、ジープの振動による疲労感に押しつぶされながら、彼は一般論を心の中で繰り返した。

「やって見せてくれないか。」

少年は野原の真ん中に立っている。手にはアーミーナイフの一片が握りしめられている。遠くに続く町並みは、駐留軍がいるとは思えぬほど静まり返っていた。かすかに、遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。雲ひとつない青空に、少年の青い髪が溶け込んでいた。

「・・・・くる。」

少年が何やらつぶやいたようだった。先ほどからもう十分あまりが無為に過ぎている事に、ペールゼンははじめて気づいた。おや、という思いがした。その間この少年は、全く何もしゃべらずに辺りを伺っていたのであろうか。

「ハッ!」

気合を突くと同時に、少年の手からいきなりナイフが飛んだ。素晴らしい速さで、短い丈の草を薙ぎながら、ナイフは地平線めがけて飛びすさっていく。

遠くで、獣の悲鳴があがった。

少年は予想した通りの身軽さで、草原を獲物に向かって駆け出した。野生のネコ科の動物を思わせるものが、少年の身のこなしには見られた。

「どうやら殺ったらしいですよ。行ってみましょう、閣下。」

ガイドに促されてペールゼンは少年の後を追った。雑草の長い葉で手を切りそうになりながら、ペールゼンは消えた少年の小さい姿を探した。さっか駆けて行った時には簡単に進めるように見えた草むらは、まったく厄介な代物でしかなかった。何度も足を取られそうになりながら、やっとペールゼンは少年のいる場所まで追いついた。

「こいつはすごい。」

ガイドは感嘆して叫んだ。後から来たペールゼンも目を見張った。獰猛で俊足な、メルキアタイガーが血まみれでそこに倒れていた。目から頭蓋をナイフが鋭くえぐりとっていた。恐らく一撃で、正確に急所を射抜いたのだ。少年はナイフを引き抜くと、死骸の傍らにうずくまって熱心にナイフの血糊を拭いていた。

「君は一体誰にこの技を教わったのかね?」

少年がパッと顔をあげた。侮辱されて、怒っている顔つきだった。成程、とペールゼンは思い、これは独習かもしれんなと考えていた時には、彼はもうこの少年に魅せられていた。この幼さで、遠方の獲物に向かって気配を消すことを知っているのだ。これは、使える。死骸に向かって茫洋としたまなざしを落としている少年に、ペールゼンはできるだけ穏やかに話しかけた。

「君を保護したいのだ。いや、私は君と契約を結びたい。君の腕はまったく素晴らしい。それとひきかえに、君の生活はもっと保証されて然るべきものだと私は思う。我々のところに君も来ないかね?きっと私は、君の力になってあげられるだろうと思うのだが。」

ペールゼンはしゃべっていて、思わず顔が赤らむのを覚えた。まるきり子供に話して聞かせる口調ではないか。それほど彼の目の前にいる少年は、急に大人びて見えた。

「鳥を、預かってくれるか?」

少したってから少年が口を開いた時には、そうか、こういう体つきは筋肉の動きにムダがないのだな、とペールゼンは少年の体を仔細深く点検している最中だった。ペールゼンは答えた。

「鳥、かね。」

少年はそうだと無言でうなずいた。鳥というのは、少年がスラム街のアジトで籠に入れて飼っていた、傷ついて巣から落ちた雛鳥のことだった。

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