隷の星

SF作品の二次小説のブログです。

PART1 1

窓の外では冷たい風に、背の高いハンの木が、めっきり葉の少なくなったこずえを震わせていた。

「・・・・――――もうすぐ終わりなんだってな。」

バイマンは、窓ガラス越しにほこりくさい運動場を見詰めて、となえるようにつぶやいた。ところどころに白線がとぎれ、たくさんの置き去られたままのゴールが並んでいる。冬の陽射しが、まるで嘘のように静かだった。その静けさの中で、静かに列を乱さぬ男達のかぶった帽子だけが、不釣合いにきわどいリズムを刻んでいた。赤い制帽。

「ただの噂だろ。」

うとましげな声が、部屋の隅から響いた。

じっと見ていると不安になってくるほど蒼い瞳をしているな、といつもバイマンは思う。振り返って同じベッドの上に腰を下ろし、バイマンは先程からの終わりのない会話をまた、蒸し返し始めた。

「――――終わったら俺たちも終わりだぜ、まったく。夜の世界では英雄が、おてんとう様にさらされりゃ、今度は即戦争犯罪人だ。わりにあわねぇ話だと思わねぇか?誰も好き好んで入った軍隊でもねぇのに。」

「またすぐに始めるさ。」

「おまえは割り切っていられるからいいよな。」

キリコはバイマンの皮肉には答えずに、外の風景をじっと眺めていた。あれは何の話だっただろう、あの枝に残っている最後の一枚の葉が落ちるとき、私の命も終わる、そううわの空で夢見ていた病身の少女。結末がひどく悲しい物語だったが、彼はその話をもうほとんどといっていいほど覚えていないし、その話を読んだ時には、ずいぶんと読む者を馬鹿にしている話だと思ったものだ。

「オフが終わったらサンサだとよ、冗談じゃないぜ。あんな星、だれが行けるかってんだ。きっとおれたちが行く頃には草木一本残っちゃいねえよ。何のために行くんだ。第一、あったとしてもだな・・・・。」

思わず言葉に詰まったバイマンの方を見返りもせずに、キリコは後を継いだ。

「草木一本はやさないためさ。そいつはじいさんの考えそうなことだ。何が残ろうが枯れ木にだけは、自慢の花を咲かせたいのさ。」

「すると、俺たちは、盆栽菊の手入れってわけか。」

バイマンは噛み殺した表情で笑った。だが珍しく冗談を言ったその当人は、もうずいぶん前からその表情を崩さないままでいる。何かに耐えるような表情が、動かなくなって久しい。

「あんまり外ばっかり見ているなよ。俺は前から言おうと思ってたんだが。」

ブルーの視線がおよいで、バイマンの顔に当たってはねかえった。

「おまえのその目な、そうやって必死に目をこらしてたら、誰だって疲れちまうんだよ。この世のものをじっと見つめるのは、何も知らない赤ん坊か、何もかも知ってしまった老人くらいなもんさ。そうやってると疲れちまうだろ、おまえもさ。」

軽く嘆息して体を倒し、今度は天井をにらみつけながら、キリコは苦いものを吐き出すように言った。

「今日は疲れたい気分なんだ。」

「おまえ、最近はあの夢は見ないのか?」

「あんたのお陰で見られなくなった。」

「―――へぇ、そいつはよかった。」

すかさずその上にかがみこんで、バイマンは蒼すぎる瞳を覗き込んだ。キリコの顔の上に淡い影が落ちる。

「だけど俺は知っているんだぜ。おまえ最近は手広くやっているんだろう。」

「そんなこと、あんたには関係ないだろう。」

「こいつは失礼。だけど、ほどほどにしといた方が、利口だってことさ。じいさんの頭の白髪がますます増える。あいつ、おまえの事にはやたらと神経質だからな。」

「なら、あんたもやめろよ。」

「そいつはないだろ、ベイビー。」

そらせ気味にした首筋を唇がはっていきながら、指先は冷たい内股の奥の汗を確かめていた。窓ガラスの上に黒い影がボンヤリと動いている。真冬だというのに丸々と太った○○○○だな、とキリコは肩で息をつきながら、大方ATのマッスルシリンダー培養液の貯蔵室にいたんだろうとにらんでいた。薄暗くて生暖かいあの部屋に不用意に入ろうとして、上官のホイルロップは顔めがけて飛んできた○○○○の群れにドアを開けるなり倒れ込んできた。その滑稽な場面を思い出してニヤリとした。キリコはバイマンの上衣を裾から手を差し入れて、絡げた。

おい、目ぇつぶれよ、気分出ないだろ、頬をたたいてバイマンが言う。おまえが女を知らないってグレゴルーの奴も言ってたけどな、そりゃホントらしいなあ。女はやっぱりムードだよ、ムード。喉の奥のドロドロした固まりを吐き出したく、キリコは思う。おんなの話なんかするなよ。ズボンが無造作に床下に投げ捨てられ、バイマンはヒュウと軽く口笛を吹いた。キリコは頭蓋骨に焼け付くような痛みを覚えていたが、同時に素晴らしい下降感とともに快感が体の内奥に固まってゆくのを感じた。頭が朦朧として、その後に体中を襲う脱力感に流されていく。ますます自分はきりもみされる人形だという意識に捕えられる。

知ってるか?アダムスの奴、とうとう脳にきちまったんだと。軍医が駆け付けた時には、こんな太い針を尻に打ってもらってよ、言うことがシャレてるよな、ああ先生、オレは戦争は自分の性に合っていないらしいんです、とよ。ジープ一台ぶっ壊して暴れた後にこう言ったんだぜ。アダムスの脳に神の祝福を、だ。おまえも言うか?

バイマンの執拗な指先を逃れながら、病気だったんだろうとキリコは口の中で答えた。とたんに耳をふさぎたくなるような勢いでバイマンは笑い出した。ヤクだよ、ヤクをやってたんだよ。バッカだなあおまえ、まあおまえは麻酔も効かない体らしいから、無理もないか。そう言われてキリコは、昔の仲間といた頃、ボンドをやっていた少年の姿を思い出した。脳が溶けるからやめろ、と自分も言ったような気がする。ガタガタと断続的に震えていた肩が、小さくみすぼらしかった。

「―――俺、飼ってみようかと思うんだ。」

何だ、○○○○か?バイマンの言葉に眉をひそめてキリコは遮った。タリス星のウサギだよ。ずっとATの格納庫に住み着いていただろう。なんだか今思い出して。バイマンは膝を直して座りながら、煙草に火をつけた。

「ああ、あれか。たしか喰っちまったな。」

何だって?バカ、俺じゃないぞ。そんな目で見るなよ。肉なんか全然ついていなかったって話だけどなあ。おまえ、あいつの事嫌っていたじゃないか。臭いだってあったし。今頃情が移るのが間違ってるよな、そりゃ。

「そうか、喰ったのか。」

キリコはゆっくりと制服のボタンを留め始めた。

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